教訓

僕がみている世界は、誰かにとっては違う世界

みやび

音楽業界→ドラッグストア店長→住宅営業、アドバイザーを経てたどり着いたのはPC1台で静かに生きる生活 数千万の家を売る中で気づいたのは、「外側の箱(家)」より「内側の意識(潜在意識)、健康」が人生を決めるということ。忖度や接待を脱ぎ捨て、社会不適合者のままで「ゆるく楽に」人生を劇変させる。そんな心の健康、心身の健康調律方法をまったり発信中です

どうも、みやびです

今日も息子と妻と、なんでもない夕食を囲むことができました

なんでもない時間、なんでもない会話、なんでもない笑い声

この時間に感謝です

でも最近、こういう「なんでもない時間」こそが、
実は一番尊いものなんじゃないかと思うようになりました

 

先日、6歳の息子が熱を出しました。誕生日会の前日のことです

「明日の誕生会に間に合うか?」

そう思いながら過ごした一晩は、正直しんどかったです

でも幸い、当日には熱が下がり、息子は笑顔で誕生日会に出ることができました

このときふと思いました

「この何気ない一日が、もしかしたら、誰かにとっては喉から手が出るほど欲しい一日なのかもしれない」と。

世の中には、子どもの誕生日会に出してあげたくても出せない事情を抱えた人がいます
仕事に行きたくても行けない人がいます

家族と夕食を囲みたくても、それが叶わない人もいます

 

僕が「ただの日常」として消費しているこの瞬間は、見方を変えれば、誰かにとっての「奇跡みたいな一日」なのかもしれません

僕らは、自分というフィルターを通してしか世界を見ることができません

同じ景色を見ていても、隣の人にはまったく違う景色が見えている。同じ出来事を経験していても、感じることはまったく違う

これは錯覚でもなんでもなく、本当にそうなんです

僕はよく、「視点を変える」という話をします

前回も書いた回転する人物のシルエットを見て、
右回りに見える人もいれば、左回りに見える人もいる。

 

この動画と同じで、僕らが「これが現実だ」と思い込んでいるものは、
実はただの「見え方」のひとつでしかないことが多いんです

僕は、自分の人生をずっと「なにか物足りないもの」だと思っていた時期がありました

平凡な毎日
特別なことが何も起きない日々

隣の芝生は青く見えて、自分の人生だけが灰色に見えていた時期です

でも、ある時に気づきました

「この灰色に見えている日々は、見方を変えれば、誰かが心から欲しがっている色鮮やかな日々なのかもしれない」と。

潜在意識というのは、不思議なもので、僕らが「当たり前」だと思い込んだ瞬間に、
その本当の価値を見えなくしてしまいます

健康な体も、笑い合える家族も、明日も仕事に行けるという事実も

すべて「当たり前」のラベルを貼られた瞬間、感謝の対象から外れてしまう

でも本当は、その「当たり前」こそが、誰かにとっての「奇跡」なんです

そしてこの感覚を持てるようになると、不思議と日々の波動が変わっていきます

足りないものを数える人生から、すでにあるものに気づける人生へ

引き寄せの法則というと少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
結局のところ、自分が何にフォーカスして生きているか、それだけの話なんだと思います

僕が今日見ている世界は、僕というフィルターを通した、ひとつの「見方」にすぎません

同じ世界を、別の誰かはまったく違う色で見ています

だとしたら、僕に今できることはひとつです

自分のフィルターを少しだけ柔らかくして、「今、自分が見えていないだけの幸せ」に、もう少し敏感になってみること

今日も、なんでもない一日をありがとう

それでは。

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