どうもみやびです
今回も一人で、ひっそりと生きていきたい
嫌な人間関係から逃れて、自由気ままな生活をしていきたいという人のために
記事を書いていきます
今日は会社が休みで健康診断に行ってきました
息子が熱で、午前中だけ母親に息子を家で見てもらい
僕は健康診断を受ける病院に出かけました
僕が住んでいるところから
1時間ほど車を走らせたところに病院があり、
正直遠かったです
久しぶりに病院に行ったのですが
健康診断の会場に着くと、
受付の人は「こんにちは」と声をかけるだけで
何も案内もしてくれません
なんでだろう?と思っていると
今、病院はマイナンバーでの受付が当たり前になっているようで
後から来た人がマイナンバーを機械にかざして
受付をされていました
なるほど
僕は33歳ですが
病院の受付の人は
今の病院のシステムくらい把握しておけよ
というくらいの空気です
僕が知っている病院は
受付の人は、「こんにちは!」と快活明瞭に
こちらに声をかけてくれ、
「こちらの名簿にお名前を書いてください、保険証はありますか?
そちらにおかけになってお熱測ってくださいね。終わったらこちらに持ってきてください」
と丁寧に案内をしてくれる認識でした
この病院の対応が悪いのか?
いや、世の中全体がそういう空気になっている気がします
コンビニでのおにぎりを温めますか?
の声をかけてくれる人もだいぶ少ないですし、
ガソリンスタンドでゴミありませんか?と聞いてくれることも少なくなった。
何かして欲しいことがあるなら、そっちから言ってねという
空気感です
どんどん自動化が進み、人との距離が遠くなっています
コロナ禍をきっかけにそれが加速しているように思います
ソーシャルディスタンス
不要不急の外出は控える
が、メディアで当たり前のように使われ、
不要不急の人との関わりも制限されているのではないでしょうか?
僕はそんな世の中はあまり好きではありません
会社内の面倒くさい人間関係には呆れていますが
仕事以外のところでの人との関わりは大事にしたいタイプです
健康診断が終わり、体調を崩した息子と面倒を見てくれている
母のことを思い、帰りに少しいいお菓子を買って帰りました
地元では有名な饅頭です
この饅頭のお店の人は懇切丁寧に対応してくれました
お店の人:「これは寝せると粉がこぼれていけないから、倒れないように大きめの袋に入れておくね」
僕:「ありがとうございます」
こういう会話がすごく好きです
誰かが誰かのためを思って声を掛けてくれる
それにお礼で応える
僕も饅頭の手土産を片手に家につき
僕:「○○(息子)見てくれてありがとね、これ少しだけど食べて」
母:「そんなお菓子とかいらなかったのに!、ほらこれ!○○の小学校入学のお祝いね!」
小学校に上がる前の写真撮影のお金と、ランドセルのお祝いの袋に母からの
ランドセルのイラストと「これで買ってね」の手紙が添えられていました
持ちつ持たれつ、こういうやり取りをしている時に
本当に自分は誰かに支えられて生きているんだなと思います
こちらも与える精神を持っていたら、誰かからも
与えてくれる
見返りを求め合う、日本の古風なしきたりが苦手な方も
いらっしゃるようですが、僕は見返りを求めず誰かを思い
誰かのためにと動く精神はとても好きです
自分一人で生きれていると勘違いをしだしたら
誰からも相手にされなくなり、誰からも助けられなくなると思っています
日本人、世界のみんなにそういうことをしていきましょうという話ではなく
まずはあなたの家族、身近な一人のためにでもいいので
そういう精神で生きてみてもいい気がします
誰かと関わらなくてもいい時代なんて
いつになってもきてほしくないものです
そんなことを思う今日この頃でした



